劇団わらび座

三重野葵インタビュー

2007年10月7日収録

小さい頃から歌とか踊りとかをやっていたんですか?

そうですね、わらびっ子(わらび座育ち)だったのでバイオリンと器械体操をやってました。体操は中学までやってたかな。

毎週1回先生が秋田から来て、わらび座の研究生とわらびっ子の小学生と中学生と高校生と一緒になってやってましたね。前転からバク宙までやってた。

バイオリンは1ヶ月に1回、東京から先生が来てやってましたね。バイオリンは中3ぐらいかな?高1だったかな?までやってた。

他の役者の人たちも?

いや、役者じゃなくてわらびっ子だけ。他にピアノと日舞もあったんだけどそれはやらなくて、今となればすごいやっとけば良かったなって。

三重野葵

あとはわらび座の舞台を観まくってたんで、真似したりとか。
あと1年に1回わらびっ子の発表会があって、そのために1、2ヶ月間くらい踊りの稽古、歌の稽古をしてました。

わらび座に入ろうと思ったキッカケは?

入ろうと思ったのは高校3年生。でも、この職業というか舞台とか芸術関係に進みたいなと思ったのは小学校の時でした。

きっかけは『男鹿の於仁丸』の初演だったんですよ。その前のわらび座は踊りとか歌ばっかりで。お芝居もありましたけど、僕はあんまり好きじゃなかった。好きじゃなかったってゆうか魅力を感じなかった。お芝居が好きなんで、ミュージカル自体に抵抗っていうか、なんか「男が観るもんじゃねぇや」みたいなのがあった。同年代の女の子たちは『ベルばら』とかを東京に観に行ったりしてたんだけど、俺は全然興味が無かった。

でもわらび座のミュージカルっていうか『男鹿の於仁丸』を観て「あぁおもしれぇ舞台って」と思って舞台の世界に行きたいなと思った。もともと興味あったんですよ、そこに舞台がある生活をしてたんで。やっぱ入りたいなと思ったのは『男鹿の於仁丸』を観て舞台の仕事いいなと思って。でまぁいろいろ考えて、考えてってゆうかいろんな劇団観たりとか、喜劇も大好きだったんで喜劇事務所とかいろいろ調べたりしたあげく、最終的にわらび座に入った。・・やっぱ育ったとこでやりたかったのかなきっと。
それにわらび座が自分の興味のあるお芝居をやるようになってきてたから。

於仁丸が始まってね、自分でも好きだって思える作品を創ってきてるからその舞台に立ちたいっていうのもあったし、それがキッカケかな。いろいろ舞台は観たけど惹かれるのはここだったっていうのはすごいありました。

実際外からみてた状態から、役者として中に入って舞台に立ち始めた時はどうでした?

最初はとにかく舞台に立つことで必死だった。なんかね無我夢中で舞台に立ってたっていうのはある。だから憧れだったっていうか、立ちたかった舞台に立てたっていう充実感もあまり無かったような気がするんですよ今思うと。ホントに何かついていくので必死だったんで、舞台という環境とか。もうホントに必死に無我夢中に稽古してた。

その状態はいつ頃まで?

最初入ってすぐ・・・まぁ今もそうだけどね(笑)
まぁ初舞台かなやっぱり、『つばめ』が初舞台だったんですけど初舞台立ってる時は全然そんな余裕無かったね。「あっ俺舞台に立ってる、憧れの舞台に立ってる」なんてそんなことは思ってられなかった。もう必死でとりあえず食らいついていくって感じ。『アテルイ』ってゆうすごい出たかった舞台があって、僕はその時研究生だったんです。

太鼓使ってるし、民族舞踊風なジャズダンスみたいなダンスで格好良かったんですよ。何より、太鼓の伴奏でダンスを踊るというのが、ものすごく格好良く見えて「あ、この舞台立ちたいな」と思っていた。

研究生を卒業して、アテルイの舞台に立ってファイナルや東京公演も含めて立たせてもらってすごくうれしかったです。

太鼓叩けたし、太鼓大好きなの(笑)。太鼓大好きで太鼓の伴奏で踊るってゆうのもうれしくてそれはすごいなんか「あぁ舞台に立てて良かったな」って思ったかな、今思えばね。

なんだかんだで太鼓とか民族舞踊の方が好きなんだとは思いますね。だから今度歌舞公演とかあるじゃないですか、それはすごい楽しみですね。

三重野葵

去年の『坊っちゃん!』の話に移りたいと思いますが、こけら落としの作品に ― まあ初日は安達和平さんでしたけど ― その後1年間は主演として舞台に立ったわけじゃないですか。それはやってみてどうでしたか?

これねよく言われるんですけど、劇場のこけら落としで主演を出来るなんてことは、役者人生であるかないかのことだと。

劇場なんてそんなに毎年出来るわけじゃないですからね。

だからね、ものすごい事だというふうに感じましたし「あぁ幸せなんだな」と思ってたんですよ。でもホントに初主演だったんで無我夢中で立たなきゃと。考えてる暇も無かったような気がしますね。必死に舞台に立った。

いろいろあったとは思いますが、その中で初主演だったり、こけら落としであったり、愛媛自体が夏目漱石100周年で色々盛り上がっていたりしたと思うんですけど、まずは舞台の中の話として主演をやってみてしんどかったとか、良かった事とか、何かとんでもないトラブルがあったとかエピソードはありますか?

そうだね・・・色々思い出すなぁ(笑)

じゃあ、まずは主演をやってみての感想は?

支えられたなって思いますね。もちろん共演者にもお客さんもスタッフにも。

ホントにこういう言葉で表せないけど、一人じゃ出来なかったから。ホントにみんなに支えられて、励ましてくれたり、励まし合ったり、支え合ったりとか・・だからなんとか1年間出来たって思いはすごいあります。その分『坊っちゃん!』チームのアンサンブルというかチームワークが良かったんじゃないのかなって思うんですけどね。

スタッフの側も坊っちゃん劇場スタートのなかで、やはり違う雰囲気、熱い想いがみなさんあったと思いますが、その辺りを詳しく聞かせてもらえますか?

そうですね、やっぱり会長さんはじめジョイアートの皆さんの坊っちゃん劇場を盛り上げていこうっていう関わり方がものすごかった。それに後押しされましたね。

それと僕が一番いいなって思ったのは松山市長あと愛媛県知事。このトップに立つ人がものすごい魅力的な人なの。

こういう事業というか坊っちゃん劇場を造るにあたっての姿勢?関わり方がものすごい紳士で。プレッシャーじゃなくて「あっ頑張らなきゃ!!」じゃなくて「わぁこんな人たちが応援してくれるなら頑張っちゃおう」ってゆう魅力的な人が多かったですね。

あとは坊っちゃん劇場に関わってくれるファンの方もやっぱりね紳士ってゆうか「あぁこの人たちのためにも、やっぱいい舞台創りたいな」って。「創らなきゃ」じゃなくて「創りたいな」っていうのが全員にあったんじゃないかな。ホントにね、守られてるというか支えられてる、ただうちらが好きな舞台やってるんじゃなくて、ホントに応援してくれる人たちがいるからこそ、いい舞台が創りたいなってゆうのがみんなにあったんじゃないかなって思うんですよね。だからなんか自然にチームワーク良くなって、だから別にこれやったからチームワーク良くなったとかじゃなくて、自然にそういう雰囲気になってるんですよね。たぶんホントに一人一人がいい舞台を創りたいなっていう想いがものすごいあったんだと思う。プレッシャーじゃくな良い方向に。

三重野葵(「ドクトル長英」より)
「ドクトル長英」より

あとは夏目漱石の「坊っちゃん」100周年でしたね。いろんなイベント出たり、地元の人と触れ合って感じたこと、漱石の「坊っちゃん」という作品に対して地元の人が好きなんだなとか、色々思ってるんだなという思いに触れた機会ありましたか?

ものすごいいっぱいイベントがあって。「あぁやっぱ好きなんだな」って思った。
イベントは一番印象的だったのは俺は出てないんだけど「なりきり坊っちゃん大会」があってうちの音響の子が坊っちゃん役で出場して優勝したんですよ。その時にもう全国各地から俺こそキヨだとか私こそ赤シャツだとかってゆう人が来て誰が一番なりきってるかを競う大会。実は僕もあのオーディションに応募したけど落とされたんですよ。まあそれは裏話を言えば、もし坊っちゃん役の人が来てなりきり坊っちゃんで優勝出来なかったらちょっと大変なんで (笑)ってことになって、音響の女の子が出ることになったんですよ。それで優勝しちゃったんですよ。

『1日署長』みたいなことはなかったんですか?

あったあった。あのね『1日保護観察所長』ってのをやった。坊っちゃんになりきって色々スピーチしたりとか。『社会を明るくする運動』ってのが毎年全国各地で行われてるんですよ、それの愛媛県の今年のメインキャラクターは坊っちゃんってことで。街の中ぐるっと歩いたり、四国で一番デカイ老人ホームが松山にあるんですけどそこに行って1日施設長。

どのくらいの人数?

全部で五百何人いる、すんごいデカイの。

小学校や中学校ぐらい?

そうですね。何棟かあってマドンナと2人で歌ったりとかして施設の中を見学したりとかして。

月に1回くらいのペースでイベントはありました。
全日空のホテルのパーティーに呼ばれたりとか、何かあるたびに呼ばれたり、それは幸せな事だなと思ってました。それだけ「愛媛といえば坊っちゃん」というのが向こうにあるなってすごく思ったし、その「坊っちゃん」っていう作品のミュージカル『坊っちゃん!』の坊っちゃん役で立ってるってことはやっぱ幸せなんだなって感じましたね。

1年間やってきて松山への想いが変わったり、愛着がわきましたか?

ものすごい愛着はありますよね。すごい住みやすい(笑)暖かいし、魚うまいし、食い物がとにかくうまいですね。あとはやっぱ都会ですよね松山は。だから買い物にもいいしみたいな(笑)。あと気候と一緒で人が温かいですねすんごい温かい。

やさしいってゆうか人との関わり方がすごい強い、多いってゆうか関わりが旺盛。

例えばどんな時ですか?

例えばといわれると困るんだけど・・最初はちょっと距離があるけど、近づくとなるとすごい近しい関係になれるというかな〜、あんまりこう拒否感がない感じってゆうか。ファンクラブの関わり方にしても温かいってゆうかある意味積極的な関わり方をしてくるし、こっちとしてもそんな気を遣わずに付き合える、それがすごいあるなって感じだった。魅力的な人が多いってゆうのもありますね、特にトップに立つ人が。そんな人にしか出会ってないからかもしれないけど(笑)ある意味その「のほほん」というか向こうのテンポの「はんなり」というか言葉遣いもそうだけど角が無いかな、基本的に。

秋田も独特の言葉ですよね。

独特のだけどね。こっちとはまた違う、すごい新鮮だったね向こう行って。ホントに向こう出る時寂しかったね(笑)

絶対また行きたいなと思いますよ。坊っちゃん劇場で公演したいですよ。

三重野葵(「坊っちゃん!」より)
「坊っちゃん!」より

これから『坊っちゃん!』全国公演が始まりますが、松山と違ってこうみせて行きたい、こういう想いでやっていきたいという意気込みを、これから観る人たちにお願いします。

稽古の中で結構言われたことが、もっと何かはじけるというか明るい時と暗い時の差がすごいあっていいねって言われて。坊っちゃんが、明るい時はものすごい明るく・はじける太陽みたいにパァーっと明るくなって、コケた時はボーンと落ちる時は落ちるみたいな。そうゆう起伏の激しさってゆうか喜怒哀楽・・・ホント一生懸命生きてる坊っちゃんを舞台に出したいなって思いますね。

ちょっと前は自分が一生懸命っていうのがちょっとあったんだけど、今度はもうホントに自分も一生懸命やるんだけど、一生懸命生きてるっていう坊っちゃんを俺の身体を通して、飛び出る感じに出来たらいいかなって。それが少しずつ出来てきてるかなって自分でも思うので、そこを観て欲しいかなって思いますね。

この作品っていうか、世の中にはいろんな人がいて、いろんな人がいる中の一人なわけでしょ坊っちゃんってね。普通の人で、何の取り柄もないただホントに一生懸命その日を生きてる時を生きてる。全員その時を一生懸命生きてる。この世にいる人は全員そうだと思うんですけど、作品としはそこを観て欲しいかな。人間が生きてるところを観て欲しい。一人一人を。だからといってやっぱり坊っちゃんとしは埋もれたくないんですよ、『坊っちゃん!』という作品だから。

坊っちゃんが飛び出ない限りはみんなの中に埋もれちゃっていくと思うんですよ。だから毎回自分と坊っちゃんの勝負ってゆうのは感じますね。

それは毎回の課題というか目標?

うん。自分の坊っちゃんに負けない、負けないってゆうのはおかしいけど――坊っちゃんを引き出してあげるっていうか、その一生懸命さとか。でも人にはそういうところが絶対あると思うんですよ、少しでもそれを引き出せるように毎回立っていたいっていうのはあります。あと、お客さんとコミュニケーションをすごい取りたいなって思います。

一緒に学びたい。一緒に学ぶってまた嫌なんだけど、全員で共有したいっていうのがあるかな。構えて観て欲しくないってゆうか、笑いたくなったら笑ってほしいし、泣きたくなったら泣いてほしいし、一緒にそれを舞台の歓喜を感じてほしいってのがすごくある。

素直に感じていただければ、別に笑わなくてもいいし。それで元気になってくれれば、やっぱ本望ですよね。

ではまとめとして、まずは今後やってみたい役とかはありますか?

役は何でもやってみたいです。ホント何でもやりたい(笑)

好きなのは日本で、江戸が好きで、戦国も好き、武士も好きなんだけど・・・侍役をやりたいかな。剣術家でもいいし、ホントに静かな侍でもいいし。

日本の多く語らない中にものすごい心うごめいている役っていうか、人を演じてみたいなって思いますね。すっごい難しいと思うんですけど、静かな中にうちに秘めたものをもってたりとか――藤沢周平さんとかすごい好きなんですよね。

あとは全然関係無く、わらび座は現代劇やんないんで、現代劇もちょっとやってみたいなって気はしますね。喜劇ちっくなのがやりたいですね、難しいですけど喜劇は。

おもしろい作品をやってみたいなって。けどなにげに考えた事ないなぁ。

今後こうゆう俳優になりたいなってゆうのはありますか?

三重野葵(「坊っちゃん!」より)
「坊っちゃん!」より

ホントに目指すのは何でも出来る、人が変わっちゃうような役をやりたい。

同じ人なのに全然違う人にみえるような?

うん。それくらいの、顔が変わっちゃうくらいの役者になりたいなと思いますね。「あの人前こんな役やってたんだ」って。そこまで変われる技量もそうだし、引き出しの多さがすごいあったらいいなと思いますね。

何がきても人が変われるくらいいろいろ演じられるのが自分の目標とゆうか理想とする役者像?

そう。「あの人、前やった役者よりも素敵だな」って言われるのが好き。「あぁ上手いなあ」とか言われるのはもちろんうれしいですけど何か素敵だなとか魅力的だなとか。あとは一番は目標は、舞台観た人全員元気にさせたいってゆう、で最終的に全世界の人を元気にさせたいってゆうの一番の目標ですね、役者やってて。役者としてね、舞台に出てきたら元気になれる、ホッとするってゆうか元気少しでも与えられるような役者になりたいなと思いますね。「元気もらえました」って言われるとものすごいうれしいですね(笑)

明日も頑張りますとか言われるともう最高ですね(笑)

やっぱり心も体も元気だと自分に余裕ができるじゃないですか、余裕できるってことは人にもやさしくできると思うし、前向きに生きようってなると思うんですよ。だから変な事件も起きないと思うんですよ。わかんないですけど何か元気になって、身体も元気になるかわからないけど、病は気からって言うじゃないですか。劇場に足を運んで、舞台観て、次の日からでも舞台観て帰る時からでも、少しでも前向きになって過ごせる人が増えたらいいなって思います。そしたら世界が変わってくるかなと(笑)大きな夢はあります。

さきほどの歌舞公演については?

やっぱり歌舞好きなんでそれからまたさらに発展していくのが楽しみです。それを舞台に少しずつつなげていけるってゆうのが一番楽しみですね。

葵さんはその中でどんなことをしたいですか?やっぱり太鼓や踊りですか?

そうですね、太鼓・踊り全部。なんか全部って欲張りだよね(笑)なんか役者やってて全部必要だと思うんですよね。何やってても、人間として全部必要だと思うんで経験が。だからこれっとかって決めたくないんですよね。だから優柔不断なんだけど(笑)まあ決めたら進むだけなんですけどそれまでは何かすごいフラットな状態で物事を見たいし、自然体で人間としてすごい自然体でいきたいなと思ってる。

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