●全国公演 05年5月〜06年3月

















* 「丸山有子旅日記」
* 初日に向けて
* スタッフインタビュー
* 出演者メッセージ
* 制作にあたって


出演者からのメッセージ

丸山 有子(百婆)

 亡くなった最愛の夫のお葬式をクニのやり方でやりたいと百婆が言い張る根底に、韓半島の歴史、自分が何者なのか、どこから来たのか、魂の原点へのこだわりがあったと思うのです。そして、百婆の人生のように、自分たちの文化を大事にしながらも、相反するものとどう融合していくかが、今世界中で求められていることだと思います。国と国との関係もそうですが、人間同士の関係もー。
 それを根底におきながらも、この一年!陶芸の里のゴッドマザー百婆として、豪快に笑いながら、ユーモアたっぷりに舞台に生き続けていきます。
 今、稽古の真っ最中。百婆のたくましさから、幾多の困難にも決してあきらめない、たくさんのエネルギーをもらい、最後の音楽では、言葉では表せない涙があふれてきます。
 役者のアンサンブルはこれからですが、稽古が楽しい! それぞれが前向きで、つくり上げていく喜びがあります。きっと素晴らしいものが完成するでしょう。お楽しみに。
 この作品は一年しか公演されません! これを見逃すことなく、たくさんの方々に是非観ていただきたい! 私からの切なるお願いです。

近藤 真行(長男・十蔵)

 これから先、日本で生きてゆくために日本の習わしに沿わせようと必死になる、百婆と対立する十蔵だが、心の中では故郷と日本のはざまで生きねばならない葛藤があるのだ。
 十蔵は百婆の強くやさしい、気高い姿をきわだたせる役目を負っているのだろう。
 精一杯がんばります。

千葉 真琴(次男・以蔵)

 この台本を初めて読んだ時、まず面白い本だと思った。次から次へ出てくる難題の数々を上手く片付けていく、まわりの人々も、それに翻弄されながら自分では気づかないうちにいいように使われていく、でも何故、百婆はそこまでして葬式を渡来のやり方にこだわったのかと思った時、目に入った百婆のセリフ「どんなに苦しい想いをしてもコヒャン(故郷)はコヒャン」自分はどこから来たのか、自分や愛する人の存在の証しとして、それだけはゆずれなかったのだと思った。
 そう思って読んでみると、一つ一つの戦略にも自分の想いをつき通すだけではなく、相手に対する優しさがあふれていると思った。自分もこの作品を演じる一人として一人でも多くの人達にこの作品の心を感じてもらいたいと思います。

三重野 葵(三男・兼良)

 時代が変化していくとき、人々はどの道を選んだのか?今も時代は変化し続けている、自分の道を選んで進んできた。そしていつの時代も、その選んだ道が本当に良かったのか、幸せなのか、みんな悩んでいる。悩んで悩んで違う道を進む人もいる。悩んで悩んで苦しんでも同じ道を進む人もいる。悩んでいない人もいるかもしれない。でも、みんな必死に今を生きている。自分だって一緒。必死に生きている。未来があるから生きている、明日があるから生きている。数えきれないほどの道があるから生きている。
違う道を進もうとしている人と対立するときだってある、そんな時はチャンスだと思う。もう一度冷静に自分の道を見つめ直せるからだ。自分一人だったら見えないことがたくさんある。一人じゃ進めないこともある。人と人は支えあって生きている。自分と違う道を進んでいる人がいるから、自分の道がある。いろんな人がいて自分がいる。そう思いながら、一生懸命生きていきたい。一生懸命生きてほしい。
「百婆」というミュージカルの中でも、そうやって一生懸命生きている一人の人を演じたい。そして「百婆」を通して、自分も生きる元気をもらいたいし、観てくださったお客さんにも生きる元気を持って帰ってほしい。それが「百婆」の舞台で伝えたいことです。

加藤 富子(十蔵の妻・コシホ)

 「百婆」は、何と激しく、強く、やさしく、可愛く、おかしく、悲しいんだろう!!
 私の役は、渡来人二世(コシホ)の役ですが、日本にいても、百婆の生き様はしっかり受け継いでいく人間のような気がしています。
 「もしかして、もしかして、先祖は一つ、ダルマはタルマ」
 違うからいいんです。一人一人、民族、宗教・・・・
 違うからステキです。 違うことを大切にできる。
 そして、どこかで、何かで一つになれる!
 人間が、いとおしくなってきます。
 腹の底から、叫び、泣き、笑いたくなるのです。
そして、みんな元気が出てくるのです! ご期待あれ!

牧田 さとみ(以蔵の妻・オクウ)

 この度、百婆の次男・以蔵の妻オクウを演じます。
 コシホ姉さんと共に、百婆の手となり足となり、おやじ様を送るために働きます。
 イヌをつきとばすのは、いじめではありません。決して。夫を尻に敷いているのは本当ですが…。どっしりと太っ腹な、大らかな働き者の嫁なのです。
台本を読むほどに奥が深く、分からない事も沢山です。焼物の事や葬式の事はもちろん、日本人には(特に自分には)ない激しさ、熱い血…。民族の誇り。少しでも朝鮮の女に近づける様に頑張ります。

高橋 磨美(兼良の妻・イヌ)

 辛島家三男兼良のもとへ望んで嫁に来たイヌ。
 親父様の葬式で突然異文化が吹き出し、辛島家の家族で唯一日本人のイヌは価値観、言葉の違いのはざまで板ばさみとなり、思い悩み葛藤する。
新しく家族になることの難しさと喜びを、そしてたくましく生きていく人間の素晴らしさをイヌを通して表現したい。

簾内 美保(孫娘・カチ)

 この作品をやっていて、いつも思うことがあります。それは、異なるものを排除するだけでなく、きちんと本質をみつめて共に生きる道を見つけていくことが、とても大切だということです。
 「百婆」は、様々な角度からみることができる作品です。それによって感じることも違ってくると思います。私の初舞台「百婆」。お客さんがめいいっぱい笑って、泣いて、「見に来てよかった!」と思ってもらえる舞台を作っていきたいです。

黒木 友宜(十兵衛の弟・亀平)

 幾多の苦労や血の涙 海越え山越え異郷の地
命の土を見つけ出し どっこい生きている 渡来者
笑いながら泣き 泣きながら笑える
そんなステキな ステージに!
ご期待ください!!

松橋 美枝子(百婆の友・アカ)

 アカは百婆と一心同体です。クニのやり方で死んだ夫の弔いをやりたいという百婆の心を深く受けとめ、口よりもまず行動で百婆を支えていくのです。
 百婆へのアカの深い信頼、これはどこから来るのだろう。このように無条件に全面的に人を信頼する、こういうことが今までの私の人生にあっただろうか。「自分の意志に反して異国に生きるとは?」「人から人への命の受け渡しとは?」「その中での死とは?」「自分にとって決してゆずることのできないこととは?」その他その他今台本を読んでいると、次々ととび出してくる問いかけに必死で思いをめぐらせています。
といっても、この舞台は頭の痛くなるような話ではなく、笑いと涙の中で展開する物語です。また自分の新たな面が出せればという期待もあり、わくわくします。

加藤 隆(百婆の友・伊十)

 「百婆」の魅力とはいったい何だろう?
 思いっきり泣いて、笑って、叫んで、人を愛すること。
 人が人として生きていくために何が必要なのだろうか?
 人間は自然の一部でありながら、どんどん自然から遠ざかりつつある。その行き着く先には人間らしい笑い声や泣き声や話し声は聞こえてこない。
 人間ってもっとステキだよね。生きるってエネルギッシュで楽しいことだよね。「百婆」に登場する人物は皆エネルギッシュで精一杯生きている。人はもっと泣いていいんだ、もっと笑っていいんだ、もっと怒っていいんだ。
 自分のルーツに自信と誇りをもってぶつかって生きていけばいい。きっと理解し合い、わかり合えるだろう。

椿 康寛(願正寺住職・鈴木浄源)

 数年前、娘にすすめられて、キム・ミョンゴンさん出演の韓国映画「風の丘を超えて」を観た。そのキム・ミョンゴンさんに去年(2004年)、ソウルでお会いすることができた。ミュージカル「つばめ」に出演し、国立劇場によばれた時だった。こころ優しい、きさくな人柄でした。舞台も圧倒的なスタンディングオーベーションをうけ、キム先生にも喜んでいただいた。私と韓国との結びつきはここから始まった。
 そして今年、私は「つばめ」に引継ぐ「百婆」に出演することになった。私の身体の中にアリランやオンヘアー(麦ふみ唄)が流れはじめている。
 鈴木淨源は朝鮮からの渡来人陶工師・張成徹こと辛島十兵衛(数百人の同胞を妻、百婆とひきいて日本で初めて窯を作り、白磁を創った人物)の葬儀をとりおこなう役である。  私自身、焼物が好きで赤絵ものも、白磁ものも江戸期のものも集めている。こういうこともあってこの作品に寄せる思いはいつになく強いものがある。現在のIT産業に匹敵する高度な技術をもった陶工師辛島十兵衛に尊敬の心をこめて一心不乱にお経をあげたいものである。お経は百婆の作戦にのせられて、ハングル語のアリランの歌詞を読ませられるのだが、私は日本人を代表して、又、僧呂を代表して、心からあげる。
 日韓友好年にあたり、すばらしい作品に出会えて幸福である。

大和田 正人(赤絵付庄屋・団六)

 日韓の作品は「つばめ」に続き、2作目の私です。前作は韓国側の人間を演じ、今回は日本側を演じます。異文化の歴史の中では、そこに生きてきた人々の言葉、考え、伝統の違いやズレなどは必ずある。でも人間は一人では生きられない、まわりの人たちとそれぞれに一生懸命生活することで結び合っていく。そのことを取り戻すことがたいへん大事な時代になっていると思います。
そして今を生きる私も、役者として作品の役を通して自分を見つめ、生きていることの実感を確かめさせていただきながら、団六を演じていきたいと思います。

和田 覚(黒川藩御陶器方主席・浜井門人)

 「嵐の雲もはるか上は上天気」これはドリカムのア・リトルワルツという曲の中の言葉です。たとえ、現実がどんなに辛く苦しくても、それをはるか上から見下ろす強さがあれば人生はそれほど悪くない。おそらく百婆は、想像を絶する現実との格闘の中で、困難を笑いとばすしたたかさと強さを身につけていったのではないかと思う。
 今、うまくゆかない事ばかりがあふれている世の中だからこそ、百婆のように強く生きられたら人生はそれほど悪くないのでは…。
 百婆を中心とする人間そのものの生命(いのち)の力がクライマックスで爆発します。乞う期待!


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